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「想像力の欠如=犯罪」 徒然なる日々、思う事。

2009 年 12 月 16 日

昨日の夜、寝る前にテレビを見るのをやめてみた。

代わりに本を読んだ。

こんな事が書いてあって、目が覚めた。

「想像力の欠如は犯罪である。」

人は、倫理観の欠如で良心を見失い、感情の垂れ流しで本末を転倒させる。

様々な犯罪も、必ず負の連鎖に準じた、間違った展開です。

でもなんで人はそこに足を踏み入れてしまうのだろう。

僕は思うのだ。

最初から人を不幸にしたいと思って生まれるものはない。

自分と関わったとき、少しでも良い方向に向いてくれれば良い。

せめて、不必要に傷つける事はないはずだ。

誰をも不幸せにする事が出来る魔法か、誰もを幸せにする魔法か、どちらかを一度だけ使えるとしたら、みんなならどちらを選ぶだろう?

答えは大体決まっているはず。

しかし、人はみんな過去を引きずり、嫌いな人を作り、自分でも望まない関係になってしまうものです。

今までの人類は過去を大切にしすぎる。

過去は経験になり、知になり得る。が、そこに何かを思い残せば、重りになる。

楽しかった過去も、辛かった過去も、後悔の過去も、過去は過去。現在に過去をぶら下げてたら、まっすぐ歩きたくても右に左に振られる。そして、過度の期待と言う未来への思考も、現在を見失うにはもってこいだ。(穫らぬ狸の皮算用)

どれだけ今現在、経験や感覚、知をもって、他を感じる事が出来るか。それがあなたの全てで、行動(言葉、想う事)はあなたの良心の形になるはず。

そして、自分の根本が良心であると確信できたなら、後は簡単なはず。ただ、自分の良心に従って現在に集中して行動すれば良い。

今に100%集中できれば、遠かれ近かれ、現在はおのずと望む未来につながるはずだ。

そして、こういう台詞もあった。

『馬鹿か、お前は。世界中何処でも、人間五人集まったら正義は飛んじゃうのさ。家庭を持った男が、テメェの家族を養うとして、勤めてる会社が詐欺を働き、または、組織ぐるみで結果的に多数の人間を殺しても、その男はけしからん、会社が許せない!と言って会社を辞めるか?高給を諦めて退職するか?一家族、たった五人で集まれば正義は飛ぶんだ、、、(以下省略)』

誰でも自分の家族を捨てて、他を正義を守るなんて、出来る事ではない。

であるならば、やはり小さいながらも私達は会社です。商品を買って頂いたり、お客様として関わっていただいている方への愛情はもちろん、その製品にまつわる環境に対する愛情もともなう事で、関わってくれた人達への誠実さにも繋がると考えられます。

しかし、社会のシステムと言うものは複雑になりすぎていて、知る事をなくすると、知らずに悪の循環に手を貸している事がある。

買う。

作る。

売る。

食べる。。。

それらは常に地球の、社会の循環の一部なんです。

私が役者として作品に参加する時、それは作品のテーマに対して賛同するときでなくてはなりません。でなければ、観ていただく方々を、そして自分すらも裏切る事になります。そして同じように、私が何かを買う時、その製品の製造過程で起きている真実も見つめる事も大事です。

「知」。知らない事は現在では悪循環に手を染めると言う事になりかねない、とても難しい時代になってきました。

今度制作するオーガニックTシャツを調べる事で学んだ事があります。良い例になると思うので、書いておきます。

今現在、コットンの生産に使われる農薬が世界中で使われている農薬の、およそ3分の1を使用していると言います。

一時的な生産料を上げる為に、農薬を使う。すると、土地は農薬の使用で痩せ、汚染され、その土地は植物が育たなくなる。そしてまた新たなる土地で汚染を繰り返す。

それだけではない。農薬の購入にともない借金を抱え、呼吸器系の疾患、神経系の病気にかかる。貧しい子供も働く農場では、それ以上の報告もある。

オーガニックコットンでない場合、そう言った現実を抱えている素材となると言う事だ。

安ければと制作者が農薬コットンを購入して、安く大量に売る。「安く」を求める消費者には、その行程での自然や人への甚大な被害は目に入らない。制作者もコットンの生産工程には目をつむる。

知らなかった僕のTシャツは、2、3枚を除いて、殆どオーガニックのものは無い。

私も悪循環の中に、いつの間にか足を入れていたのだ。

こういった現実の中で、皆さんもご存知の「タイシノブクニ」さんは、オーガニック素材しか作品に使わなくなった。

その決断はもしかすると素材の選択範囲を極端に減らし、クリエイティビティを損なう損失が有ったに違いない。

しかし、彼は自らの意思で、彼の商品を買う人々と自らを、ある悪循環から抜け出させたのである。

僕はこれをとてもカッコいいと思う。

この運動は制作者、責任を負うものには、大切なモラルとしてスタンダードになって行く事を強く望む。

そして、生産者達にも、次の進むべき、新しい循環へ変化していく事を働きかけていかなくてはならない。

カテゴリー: 伊勢谷友介 タグ:
  1. 2009 年 12 月 16 日 06:48 | #1

    大切にしているつもりでもつい忘れそうになっていることを、いつも丁度のタイミングで思い出させていただき、ありがとう。

  2. 2009 年 12 月 16 日 07:30 | #2

    思いやりも想像力と聞いたことがあります。想像力の欠如は、相手を慮ることが出来なくなり、結果自分のやりたい放題になる・・・。現代社会全体がこんな方向に向かっているような気がしてならないですね。
    どうして想像力が欠如してしまうのでしょうか。一人ひとりが想像力を持って、相手を思いやり、行動すれば、世界の問題なんてほとんど片付いてしまうと思うのですが。

  3. waltz0324
    2009 年 12 月 16 日 09:44 | #3

    今の日常生活の中では”悪に手を染めない”ということは、非常に難しいことだと思います。しかしながら、今まで気にしなかったようなことを深く掘り下げていく(コットンの製作過程のように)ことにより、解る事実はたくさんあると思います。それを自分の良心と照らし合わせて行動して行く。そうすれば少しずついろんな意識が変化していくのではないでしょうか。
    何となく気づいているのだけれど、目をつむっていたような気がします。

  4. hoshimari
    2009 年 12 月 16 日 10:00 | #4

    金銭的な損、あらゆる可能性を損なうとしても決断し実行出来る強い意志の持ち主なんですね。
    カッコイイし、尊敬します。

    私は自分が『これがいい』と思っていても、自分には他人を変える力もないし、変えようという気もないみたいです。
    貧弱な自分。(見た目はちっとも貧弱でないのに)

    31年生きていて、いつも思い悩むのは『結局、自分』 
    旦那がいて子供がいて家族がいても、『お先にどうぞ』ってするのは限られた時だけ。
    表面上の友達は沢山いる、でも一番大切な友達はいない気がする。
    寂しい私。 私がいなくても世の中は何も変わらず動いている。
    私が何かしようと思っても、自分の存在が小さ過ぎて誰も気付かない。
    そんな気がする。
    だから伊勢谷さん達の事が羨ましくて憧れてしまう。

    きっと私のような非力だけど何かしたいと考えてる人はいっぱいいると思います。
    そんな人達を引っ張って行くような救世主みたいな存在の伊勢谷さん達、リバースの皆さん。
    頑張って下さい。何も出来ないのに何も自らしようとしないのに、文句ばっかいう私のような人もいるけど….。

    先日、タバコの増税についてテレビでいろいろ取材してました。

    私はタバコを吸わないので、タバコは『悪』だと思ってます。
    でもタバコを吸う人は『悪』だとは思っていない。栽培する人も思っていない。
    税金が上がったら購入者が減って、栽培者が困る。税収も減る。って怒ってる人がけっこういたことに驚きです。

    もっとその奥のことに目を向けて取材して欲しかったなって思いました。

  5. 香織
    2009 年 12 月 16 日 11:39 | #5

    小林さんとの対談もNODEのインタビューも拝見しましたが、
    伊勢谷さんの良心・正義の揺るぎ無さ。
    時に苛烈とも思える糾弾は、それ故、伊勢谷さんの怒りと悲しみの深さが見て取れます。

    犬猫の殺傷処分の件。伊勢谷さんの仰るような相当な「ショック」を与えないと、なかなか命の重みに気付かない人間も多いと思います。
    先日、交通事故の物故者の遺品を、当時の身長に合わせた模型に着用させ展示するイベントを、ニュースで見ました。幼い子の小さな模型には、かわいい靴や帽子も。
    「こんなん悲しくて見てられへん」
    と思いましたが、「交通事故死者××人」と機械的に表示される数字が、明らかに生きて、暮らしていた命・人間だったんだ・・・、とリアルに迫ってきて、胸がいっぱいになりました。
    かなり、ショッキングは手法ですが、事故を減らしていきたい、と人に芽生えさせる力があると思います。

    私の出身小学校は、反戦教育に熱心で(今じゃ考えられないのかな?)、8月になると教室を一つ使って、原爆被害の写真展示や映画上映をしていました。
    半ば強制で見ていましたが、子ども心に、あまりの悲しさ・惨さに、立ちすくんだ記憶があります。
    あの、涙が勝手にポロポロ出たショックがあったから、今、
    「絶対に戦争は起こしてはならない」
    と、胸を張って言える心が養われたと確信しています。
    現在では、偏った教育と敬遠されるそうですが、子ども達のピュアな眼差しで、勇気を持って対峙すれば、
    きっと未来、真の平和を求める人間が増えていくと思います。

    伊勢谷さんの言う、「知る」ことこそが、大切なのですね。

  6. yae
    2009 年 12 月 16 日 12:13 | #6

    想像力の欠如が犯罪というのは、人間関係においても、商品を買うという点でも共通していますね。
    人間関係は自分の心がけしだいでどうにでもなるけれど、消費となるとなかなか個人の心がけしだいだけでは難しい部分があります。
    コットンの農薬問題はひどいですね。借金に苦しむ生産者が追い詰められて、その農薬で自ら命を絶つケースもあるそうです。
    カカオをつくる人の多くは生まれてから一度もチョコレートを食べたことがないそうです。
    私は紅茶やコーヒー、チョコレートはなるべくフェアトレードで購入するようにしているのですが、なかなか大変。すべてというわけにはいかないです。  
    本当はチョコレートは高級なお菓子なんですよね。
    でも今は、気軽に安価で買えてしまう現実。 
    本当に正しい消費を目指すのならば、今のシステムではお金持ちしか実現できないです。
    フェアトレードって言葉がいつか世の中からなくなればいいですね。 だってトレードはもともとフェアなもので搾取と言う意味ではないはずですから。
    私も恥ずかしながら、オーガニックの洋服は持っていないです。
    高いし、やはり伊勢谷さんのおっしゃるように、クリエイティビティの面で妥協しなければならい点があると思います。
    でも少し前に比べたら発色もよくなったと思います! 
    大御所デザイナーの方々も一部の商品に使っていたりしますしね。 
    いつかいつか生産者にも優しい世の中になって欲しい。 そうしたらおのずと消費者が体に優しいものを手にすることができる。
    この間、無農薬の奇跡のりんごの特集をTVでやっていて見たのですが、結局土を自然の山とおんなじような状態にして、実がついたそうですね。 let it be の大切さを実感しました。

  7. tamayo
    2009 年 12 月 16 日 12:47 | #7

     コメント失礼いたします。
     「知る」という作業は、今とっても大切なことだと感じています。

     一見、私たちはたくさんの物事を見聞きすることができる環境にありますが、そのほとんどが受動的に知り得た内容です。
     
     「知る」という作業は、きっと能動的にする作業だと感じています。
     
     「知る」作業を繰り返せば、伊勢谷さんや皆様のように行動に移す方がたくさん出て来るのではないかと思います。

     私は、コーヒーをやめたり、オーガニックの製品の購入や、環境に優しい洗剤などを使ったり、自宅で家庭菜園をしてみたり、できることを楽しんでいる範囲なのですが、少しでも、困っている人の頭をふんずけている足をどけられるようにと願うばかりです。

     >誰でも自分の家族を捨てて、他を正義を守るなんて、出来る事ではない。
     
     歴史を振り返れば、家族で乗り切る方もたくさんいらっしゃるのが見受けられます。
     
     家族は、小さな共同体です。話し合い、賛同を得る努力をたくさんの方が過去も現在もなさっているのではないでしょうか?

     そのための家族だと思います。と、私の夫には思います。

     生意気を言いましたが、伊勢谷さんと皆様のご活動に心から尊敬をこめて応援しております。

     私も、できることを少しづつ精進してまいります。ありがとうございました。

  8. mika
    2009 年 12 月 16 日 13:42 | #8

    想像力の欠如=犯罪。
    私も考えたことがありました。少し昔、小学生が同級生の首をカッターで切りつけたというニュースの時・・・カッターで切るとどうなるか、自分に自分を心配する家族がいるように、相手にも相手を心配する家族がいるんだということを想像出来さえすれば、そんなことにはならなかったのにと。
    その原因は圧倒的な経験不足からではないかと。それを教えてあげられるはずの大人が子供達に教えてあげなかったからだと。そして、それをうまく教えてあげられているかどうか自信が無い私もやっぱり経験不足なのかしら。

    戦後の日本での話ですが、加工食品の工場で働いていた方が、どれだけ添加物、農薬が入っているかをよく知っているからこそ、自分の子供には自分の工場で作ったものを食べさせなかったと・・・
    その人だけが悪いわけではなく、そういう社会を、みんなで作り上げてしまったんですね。
    それを一つずつ見直すのが、私達の役目なのかなあと思います。
    日々、勉強ですね。そして、そのまた次の世代に堂々と胸をはれる人間でいたいと思います。

    そのために。
    これからも、もっともっと教えてくださいね。私達が普通に生活している上では知ることが出来ない情報。
    私達に出来ること。

  9. kuu
    2009 年 12 月 16 日 15:10 | #9

    コメントをするのは、音もないし、もしかすると知らない相手からだから
    その瞬間瞬間の気持ちによって、見えない所でリバースの方たちが嫌な気持ちになるかも
    と思いながら、コメントするのを迷っていましたが、本当にブログに脱帽してしまい。。。
    今まで、色々、地球を破壊していてごめんなさい。と思いコメントをさせて戴きます。

    知っていて、出来ないと知らないふりをしていました・・。
    周りに活動をしている人達もいて、私自身もエコ作家になろうとしていたのに
    正直、エコになるとお金と労力がかかって仕方なくて・・。作品も地味になる。。でも、後で
    味が出る。。でも、夢があるから、お金欲しいと思って、売れる物しか頭に入らなくなっていました。。。
    まだ、作品作りをしている段階ですが。。もう少し、考えようと思えました。
    暖めた物の大切さ。
    一人が二人になるようにリバースの方たちと違う場所で、出来る事から初めてみます。
    ありがとうございました。

  10. 2009 年 12 月 16 日 17:09 | #10

    今回のお話はとても難しく、一言では、意見を述べることもできないですが、
    もちろん、私自身、すぐすぐ理解して、お話できるような人間ではないので、
    とりあえず、今、思ったことを書かせていただきます。
    また、思うところありましたら、追伸させていただきます。

    日々起こっている犯罪については、信じられない、おかしな事件ばかりですが、やはり、世の中が、モラルというか、これが正しいという指針を失っている、何でもあり的な流れの中で、混沌としている故、ということが、ひとつ言えるのではないかと思いました。

    そして、オーガニックコットンについては、私自身、いいのでしょうけれど、自分もいくつか使っているけれど、どうなのでしょうという状態であったので、勉強になりました。ありがとうございます。bijouのTシャツとして出そうと思っていた女性用のシンプルな白と黒の長袖と半袖Tシャツがありました。一応、日本製だからいいかなと思っていたのですが、今日、調べましたら、やはり、綿自体は、農薬を使った輸入ものであり、織ってTシャツにしているのが、その工場であるので、日本製とされているのだそうです。もちろん、その製作工程において、農薬は綺麗に落とされて、ISO認定の環境にやさしい製法にて、作られているのだそうですが。。。でも、綿の栽培の上で、そういった問題が起こっているならば、よくないですね。やめてみます。

    そしてそして、エコということで、洗剤・シャンプー等も、気を配りはじめていたものの、まだまだ、甘いんだなと感じました。つい、忘れがちでした。他の方々のコメントを読みまして、思い出しました。最近、私自身、チョコレートはあまり食べないのではありますが、カカオを栽培している人の現状はたいへんなものなのですよね。。普通にチョコレート買ってました。反省。フェアトレードですね。
    コーヒー・紅茶についても、適当なものも取り入れてしまっているところもあります。反省。。フェアトレードですね。手軽なところで言えば、無印良品さんでもでてますものね。でも、オーガニック紅茶で、一番美味しかったのは、いがらしろみさんのお店の紅茶でした。マカイバリ農園で採れた春摘みのがおいしかったです。あれをなるべく飲みたいものです。。。コーヒーについては、よく知らないので、教えてほしいです。よろしくお願いいたします。

  11. ayama
    2009 年 12 月 16 日 19:49 | #11

    部活を人間関係で辞めようとして、最近話しに来る生徒に、これの特に前半部分を読んでもらいたいなぁと思いました。

  12. ごまちゃん♀
    2009 年 12 月 16 日 22:57 | #12

    こんばんは。

    生きていく上での問題は、山積みですね。
    考えすぎると、怖くて動けなくなってしまいそうです。

    でも、前へ、少しでも良くなる方向へ、進んで行かなくてはいけないんですよね。
    とりあえず悪くなることがあるかもしれない。
    でも、動かなければ何も変わらない。
    悪くなるよりも沢山、良くなればいいんですよね。

    自分にできることから、少しづつで良いから動いてみようと思います。

  13. tomoko
    2009 年 12 月 16 日 23:14 | #13

    先日、H&Mのsaleを見に行きました。あらっ、やっぱり安くて面白いと製品を手にしてみると、
    made in Bangladesh, Turkey etc.の表示。 私たちが安く物を買えるのは、安い労働力の上に成り立っている生産活動があるからなのだと、わかってはいるつもりでしたが、嬉々として、それらの製品を手にするのはためらわれ、買うのをやめてしまいました。オーガニックコットン製品も子供が小さいときに、割高だけど子供の肌にやさしいからという理由だけで購入していました。コットン栽培にそんな農薬使用や畑に負担を強いていたとは知りませんでした。{知る}ということは、自らの生活を見直すこと、時には、知らん振りしたくなる辛いこともありますが(NODEの犬、猫の話など)行動に移していかなければならない時期にさしかかっているのでしょうね。

  14. ryo
    2009 年 12 月 16 日 23:52 | #14

    こんばんは。
    私もそうですが、寝る前にTVを見ていて眠くなったらピッて消すのはあまり良い習慣ではないですね。
    伊勢谷さんの話を読むと、たしかに本でも読む方が善さそうです。

    想像力の欠如はたしかに様々な誤解を招く危険をはらんでいるように感じます。
    発言や行動にも想像力が欠如してしまうとどんな方向に転んでしまうかわかりません。
    政治家が発言した一言に想像力が足りなくて批判されることがよくあります。
    内容に関わる人が多ければ多いほどより想像力が重要ではないかと思います。
    しかし、重要なものほど反発や強い意見が出てくるのが世の常です。光と陰。
    自分の想像力をカタチにする時、対極にあるものの環境や思想をより深く理解することでその重要性がより伝えられるのではないかと感じます。
    私は環境汚染や戦争、貧困とは無縁の日本で生活していますが、日常的な出来事や耳に入るニュースに想像力を働かせ最良の選択をしてリアルに生きて行きたいものです。

  15. なかーて
    2009 年 12 月 17 日 00:49 | #15

    こんばんは。
    私は今就職活動をしていていままでの自分やこれからの自分を考える機会が多くなっています。
    しかし肝心の「今」を見失っているのではないかということに伊勢谷さんのブログを読んで気付きました。
    というか、あえて現在を感じないようにしているのかもしれません。
    今に集中することが未来につながる・・・その通りですよね。
    過去や未来から逃げずに生きていこうと思いました。

    また、後半部分でもたくさん考えてしまいました。
    知らないことがたくさんあるのに、知ろうとすることをしていないな、とまず思いました。
    たぶん私は、地球をはじめ、周囲にそんなにやさしい人間じゃないです。
    オーガニックの服も持っていないし、フェアトレードのコーヒーを飲んでいない。
    学生なのを言い訳にするのは甘いとわかっていますが
    どうしても安いものに流れてしまいます。
    だけど今日、知ってしまったから。自分の良心はどこにいるのか、何をするのがベストなのか。
    少しずつでもやさしい人間になろうと思いました。
    生きているだけで罪深いということもあるのですね。
    今を生きていくって難しいなあと思います。

    ちぐはぐな文章しか書けず申し訳ないです。
    たくさん考える機会を与えてくださり本当にありがとうございました。
    いよいよ寒さが本格的になってきましたが
    お体を大切にお仕事がんばってください。

  16. 2009 年 12 月 17 日 02:37 | #16

    昔あるところに

    すべての人を不幸にする魔法か、
    すべての人を幸せにする魔法か、

    どちらかを一つを選び、人々に幸か不幸を与える権利を持つ魔女がいました。

    彼女はこの世の最後の魔女で、独りぼっちでしたが、良心に溢れている善良な魔女でした。

    彼女はもちろん、優れた魔法を使い、すべての人々を幸福にしてあげます。

    世界はまるで天国のように変わり、人々は心からの笑顔と愛に満ちてゆきました。

    …と物語はそこで終わりに見えましたが、ただ一人魔法がかからない人が、最後のページの隅で泣いています。

    人々に愛と幸福を与えた魔女自身でした。

    彼女はヒーローであり、この物語の最大の犠牲者です。

    一体、誰が彼女を救うのでしょう?
    どうやって彼女を幸せにするのでしょう?

    自己犠牲の上に成り立つヒーロー。

    私だったら、すべての人々を幸せにする力より、その力を行使しようとするヒーローを幸せにしてあげたいし、世の中にもそうなって欲しい。

    皮肉じゃなく、いつも深く考えさせて下さって感謝しています。

    また読みにきます。

  17. haru
    2009 年 12 月 17 日 08:31 | #17

    想像力の欠如・・・最近よく耳にする言葉です。「想像力」大事にしたいですね。これからの子供達にも、そして自分自身も。

  18. naoko
    2009 年 12 月 17 日 12:57 | #18

    またまた考えさせられました。

    その本、私も読んでみたいと思います。
    何という本なのでしょうか?

    知らず知らずのうちに悪に加担しないように、
    世の中で起こっていることをもっと知ろうとしたり、
    もっと敏感にならなければならない、と思いました。

  19. ねこ~
    2009 年 12 月 17 日 18:55 | #19

    私が犯罪をしない理由
    逮捕されたら、好きな時間に起きて好きなことが出来なくなってしまうのです。
    おいしいごはんもおかわりもできないのです。
    テレビもつけたり消したり、雑誌も本も好きな時間に読めないし、手に取ることすらできないのです。
    自分の人生というものが囲われてしまうのです。
    自分の中で自制心を養わなければならないと思います。
    もしこれを読んでくれた方に言いたいのは憎しみは頭の中で消化する。頭の中では抑制しなくていい。
    でも、手を出したらあなたの大切な人生が押さえつけられるのです。
    警鐘です。
    私の個人の感想です。m(__)m お許しを。

    P.S.
    私もオーガニックコットンを自分にたとえて・・・
    Tシャツになって負の連鎖ではなく新しい循環に変化していきたいです。

  20. Ayaka
    2009 年 12 月 18 日 10:25 | #20

    本当に考えさせられる内容ですね。
    人は幸せになろうとしているのに周りの人やモノをを傷つけていっているのですね。
    幸せになろうとしているのではなく、生きやすくしているだけなのだと実感しました。
    人も動物も環境も世界も1番に守らなければいけないものを私たちは忘れています。
    こうやって言うだけならいくらでもできますが、やはり行動に出なければいけませんね!
    例にもあげられたように、本当に実行に移ったタイシノブクニさんや伊勢谷さんは
    尊敬しますし、カッコいいと思います!
    私も今から全てとはいきませんが、身近に手につけられることからやっていきたいと思います。

    少しでも悪循環が良い方向に進み、新しい循環へと変わっていきますように…。

  21. ねこ~
    2009 年 12 月 18 日 11:05 | #21

    つづきがあります。(ふふふ~)
    生きるよろこび見つけたのです。
    それは愛なのです!
    自分をかわいいといってくれる人います。
    うれしいじゃなーい。
    な~んであんな暗い書き込み書いちゃったんだろう(^.^)?
    体調よくなくてすいませーん。
    いせやさーん
    憎しみは肉がしみるという意味でーす。
    わたし間違ってました。
    ごめんちょ。

  22. ねこ~
    2009 年 12 月 18 日 17:43 | #22

    P.S.②
    NODE読ませていただきました。買いました。
    ヒント!!
    交換しましょ、そーしましょ♪

  23. ゆう
    2009 年 12 月 18 日 19:20 | #23

    伊勢谷さんこんばんは。ほんと寒くなりましたね~北陸は雪が降り始め外も真っ白ですよ!
    寒いですが体調には気をつけてくださいね。
     雪が降ると寒くて嫌だったけど 年々ありがたい気持ちでいっぱいになります。降るべき土地に雪が降らないと地球が泣き 大地が枯れ 動物のすむ場所もなくなります。人も人らしく生きてはいけないんだと思うようになりました。人間の本能ですねきっと!今日は雪がたくさん降ったので 今回の伊勢谷さんのブログとはあまり関係ないかなーと思いつつコメントさせてもらいました。すいません。ついついお知らせしたくて^^~地球が青くいられるようにあたしも細々ながら活動します。

  24. す〜☆
    2009 年 12 月 18 日 20:06 | #24

    『知らない』ということが悪循環の入り口なのですね。コットンに使われている農薬のこと、初めて知りました。私のクローゼットの中にオーガニックコットンを使ったシャツは一枚もありませんでした。たくさんの情報があふれている現代でも、イチバン大切な情報は自ら行動しなければ得ることはできないのですね。
    私は小さい頃から本が大好きです。本って自分の知らない世界に連れて行ってくれますよね!
    今夜はかなり冷え込みそうです。お風邪などお気をつけくださいね。

  25. kyon
    2009 年 12 月 19 日 01:01 | #25

    こんばんは♪

    学生時代に『人間は善か?悪か?』と問われたことを思い出し考えてしまいました。
    物事を知らない、また知ろうとしないことは罪ですね。

    カカオ栽培の現状はとても悲惨です。小さな子供達が僅かな労働賃金(児童奴隷)で
    カカオの実を採取しています。本人達は何の実かも知らず、食したこともないのに・・・

    農業でも生産量を上げる為に、無機肥料も使い続けると土地が痩せ固くなる。
    有機肥料は微生物が分解する為、時間は掛かるが土地は肥える。

    すべて我々の周りで起きています。
    身近な事から拘りを持ち、エコや環境改善に繋がる様、努めます。

    最近のテレビ番組は興味を引くものが少ない。全く面白くないので余り見なくなった。
    だから本を読む。やっぱり本が一番良いのです。

    自分を高めるために・・

  26. hoshimari
    2009 年 12 月 19 日 11:41 | #26

    またまたコメント失礼します。

    先日、二度目のフランス大使館行ってきました。

    一度目と同じく、二度目にも思ったこと。 
    この人達がもし、こういう表現方法がなかったらもしかしたら違う恐ろしい手段を取ったかもしれない….と失礼ながら考えました。

    心が穏やかになる作品ばかりではなく、部屋に入ると重苦しくなる作品もあり、何を表現したいのかは本人に聞かないとわからないので、人それぞれの捉え方で違うとは思いますが、
    作品で内なるモノを外へ出す事によって、平和が保たれているのかなって。
    その時にフッと浮かんだのは、「想像力の欠如=犯罪」 という伊勢谷さんの言葉でした。
    無知という犯罪ではなく、本当の(?)犯罪。

    芸術は爆発だ、という意味が、芸術の大切さが本当にわかったような気がしました。(遅いって???)

  27. fnhcs978
    2009 年 12 月 20 日 01:58 | #27

    小学校の頃、担任の単なる思いつきで綿花を栽培した事がありました。
    一個の実から取れる綿花は、想像以上に少なくて
    クッション一個作るのにどんだけ綿花を栽培しなくちゃいけないんだろうって思ったものです。

    生産量を上げる事は彼らにとって死活問題だろうし、そこにどんだけの農薬が使われていようが
    それ以外で生計を立てれる何かを持ち合わせていなければ、
    ただ単に発展国による要らぬお節介、邪魔になるのではないでしょうか。
    農薬がダメっと言うのであれば、彼らに技術提供や生活支援をする。
    そういった試みこそが大事だと思います。
    マザーハウスという鞄屋の話、そういった面では参考になると思いますよ。

  28. 友介
    2009 年 12 月 21 日 02:34 | #28

    山形のホテルのロビーで声を掛けさせてもらったものです。
    あのときは親切に対応していただいて、ありがとうございました。
    ますます尊敬してしまい、憧れてしまい、どうしようもない自分がいます。
    でも、あの日僕は伊勢谷さんに大きな力をもらいました。
    人の力はすごいです、よ笑。
    一生忘れません。そして同じ友介という名前に恥のないよう、頑張ります。
    ありがとうございました。もちろん応援し続けます。

  29. ねこ~
    2009 年 12 月 21 日 15:20 | #29

    こんにちは。
    自分は『聞く耳を持つ』ということが大事かもしれない。
    伊勢谷さんが、客観視してくれたと思っています。
    ありがとう!
    自分の考え(主観)だけだと、かたよってしまう、どうしても・・・。
    良心から始まって子ども(大人になりきれてない)は周囲の生活環境でこうもいじわるな自分に嫌気をさしながら良心を心の部屋の奥にしまってる。
    それじゃ相手は分からないし、唐突だし、伝わるものもツタワラナイ・・・。
    良心を相手にみせるのも必要ですね。
    私は正直(ちょっと正直すぎるかも)だけど、自分のいいトコって相手に気付かされる場合が多いような。
    うーん。
    私は自分のことが好きになれないけれど、いいところは必ずあると認める?と、少しずつでも思いたい。
    良心はわるかった、謝る、許す、受け入れる、尊重する。
    そしたら笑顔(●^o^●)。
    がんばる。いせやさんありがとう!

  30. さやぽん
    2009 年 12 月 23 日 15:46 | #30

    想像力の欠如=犯罪 というのは私も聞いたことがあります

    人ははじめから望んで人を不幸にしようとは思ってなくても、そうなってしまうときもあり

    傷つけてしまったり、傷つけられたりする たいがいは深く傷つけられた方が相手をおもうあまり、負の行動に出てしまう、それが犯罪になってしまったりするというのは同感です。

    ここ数年、自分が傷つけられることが多くて

    犯罪はよくないし、悪いことだとは重々承知ですが、その背景にある、犯罪を犯してしまった人の
    心の闇と言うか、悲しみ、挫折もあるということをよく考えるようになりました

    自分の人生が希望通りにいく人ばかりではないけれど、自暴自棄になっては余計に自分の人生をダメにしてしまうんだという、自分の人生に対する想像力

    自分はこれから、こういう風に進んでいきたいとか、何をやっていきたいかという目標

    物事を進めるには、そのことに対する知識も必要であり、知らないことでとんでもない失敗をしたりする

    自分のことだけを考えては人は生きていけないんですよね

    周りの人たちのこと、会社のこと、世の中のこと、環境のこと、地球のこと

    規模は大きくなればなるほど、難しかったりするけど

    自分が今出来ることをする それが大事なんですね

    なかなか、思ってるようにはいかないときもあるけれど、わたしも頑張ります

    伊勢谷さんやみなさんも体に気をつけて頑張ってください(^ω^)/

  31. lomgsleeper
    2009 年 12 月 27 日 17:10 | #31

    30歳、会社員です。窓の会社で営業しています。
    ビルダーに、新規開拓営業をする際に、自社製品を拡販するのが任務です。
    来年度初頭には、住宅版エコポイントがサッシとガラスに付与されることになりました。
    サッシとガラすを交換する際に家具もというような切り口で入り込めばビルダーへの提案方法が
    変わり、面白いかなと思いメールしてみました。
    よろしくお願いします。

  32. kobakei
    2009 年 12 月 29 日 22:10 | #32

    久しぶりに、コメントさせて頂きます(^^)

    伊勢谷さんのブログ読ませてもらうといつも

    すごく、手の届かない(ちょっと言い方変ですね。ごめんなさい)

    存在の方なのに、ちょっとした言葉にすごく親近感を感じます(ちょっとなれなれしいかな???)

    気持ちがあたたかくなる事があったり。

    それは、伊勢谷さんの気持ちがブログを通して遠い所にいる

    私達にも、通じてるから!!!

    これからも、楽しみます!!(^^)

    また、コメントしますね☆

  33. yoshimi
    2010 年 1 月 13 日 19:58 | #33

    過去の重さで生きる
    そんな私もいる。
    楽なことでもない、楽に生きることをみながみなできない。

    これまでの、積み重ねを新しくリバースしていく事も難しい世の中

  34. yoshimi
    2010 年 1 月 13 日 20:07 | #34

    過去の重さで生きる
    そんな私もいる。
    楽なことでもない、楽に生きることをみながみなできない。

    これまでの、積み重ねを新しくリバースしていく事も難しい世の中
    でも、変わりたい変えて行きたいと思う。

    大正産まれの祖母の話を聞き思う

    調味料の多い世の中だなって。
    もっと、単純にリアルに全てを感じたい。

    私も

    始動します。

  35. じん
    2010 年 1 月 16 日 08:52 | #35

    伊勢谷さんの過去と現在、未来についての考え。今、私が誰かに言ってほしかったことだった。ありがとうございます。私事、少しいいですか?私は精神的に弱くなってしまった時期があります。鬱です。本当に暗い時期でした。自分をどこまでもどこまでも落としてしまった辛い時期でした。周りの人たちにもどれだけの心配と苦労をかけたかわからないほど。そんな時の自分、過去の自分を今の私は後悔しています。思い出すと辛いんです。そんな今、伊勢谷さんの言葉が。過去に振り回されない。今の自分を100%感じて生きていく。
    大好きな俳優さんからのこの言葉、うれしいです。力になりました。ありがとうございます。
    現在の自分の信念を100%信じて今日からの自分を進んでいきます。信じます、今の自分とこれからを。

  36. 風の股引三郎
    2010 年 1 月 19 日 22:15 | #36

    たしかに想像力の欠如は罪を犯しやすいかもしれないと思いました。
    だって罰が当たるとか祟りがあるとか、神や仏の存在とか。そういう目に見えないものに
    対する畏れ無くしたらもののけ姫みたいなことになってしまいかねませんもん。
    でも同時に想像力は犯罪を煽り易いかもしれないと思いました。最初はデマだった筈なのに
    そのイメージが染み付いてしまい、やがてそれが差別や争いに繋がるとか歴史を紐解くと
    あったみたいなので。想像がイマジンとか口ずさめそうな方向に向かえばいいのになあ

  37. SAEKO
    2010 年 1 月 20 日 18:07 | #37

    伊勢谷さん、こんにちは。

    私はベトナムで暮らしています。
    ここで「知らないこと」が人間にとってどんなに不幸なことかを切ないほど実感しています。
    赤ん坊がその小さな爪で顔をひっかいてしまわないようにつける手袋、ご存知ですか? 
    その手袋をつけてもつけても外してしまうわが子の手に手袋を着け、手首をぎゅっと輪ゴムで縛っておいた無知な母親。数時間後に赤ん坊の両手は壊死し、切断するしかありませんでした。

    そんなことは常識で考えればわかるだろうと思いませんか?この話のように私たちからすると信じがたい無知が引き起こす悲劇がそこらに転がっています。日本の教育は思っているよりずっと幅広い知識を網羅し、また万民にいきわたっています。
    常識(COMMON SENSEもCOMMON KNOWLEDGE)も貧しい庶民にはいきわたらない国はベトナム以外にもきっとたくさんあるのではないでしょうか。博識でなくともせめて常識があればどれだけの悲劇がふせげるのに。 ましては、自らの常識の欠如ではなく自分の親や友人、隣人の知識の欠如が自分の生活や人生を変えてしまう。
    この国の人はそういう不幸や災難に対し、とても忍耐力がありまた鈍感です。仕方ないこととして割り切るしかないのでしょう。

    一方「知っていること」でもどうしようもない不幸もあります。
    鳥インフルエンザが流行った数年前、感染して死んだ鳥や処分された鳥を闇で売る農民が後を絶ちませんでした。危険でなおかつ違法なことだと知っていてもそうせずには生きていけなかったからです。そこに無知な消費者、貧しい消費者がいて商売はちゃんと成立したのです。
    日本では消費者が賢ければ安全でない商品、環境汚染を生み出す商品などを市場から排除することが可能かもしれません。しかし、たとえ知っていても価格が安い商品を選ばざるおえない貧困層が多いこの国ではどうしたらいいのでしょう。

    知らないことの悲劇、知っていてもどうしようもない不幸。
    どうしたら無くすことができるのでしょう。思いついたら教えてください。

  38. Reiko
    2010 年 1 月 21 日 02:04 | #38

    もう20年以上前、マドンナが何かのインタビューで、「無知は罪である。」と話していたのを聞き、当時の私は、その言葉に衝撃(?)、もしくは触発(?)されたのを覚えています。
    マドンナは、「だから私は様々な事に興味を持ち、多くを知り、体験し、自分を成長させようと努めている。そして、それを楽しんでいる。罪は犯したくないわ。」と。
    「無知は罪である。」とマスに向かってキッパリと言ってのけるマドンナの存在がそれまで以上に大きく見えました。

    そして、社会人となり、何らかのアクションを起こす時、プロジェクトを遂行する時、当時の上司から「いつも想像力を働かせろ。」とよく言われていました。

    厳密には「無知」と「想像力の欠如」はイコールではないと思いますが、なんとなく私は、同じような意味として捉えています。

    それ以来私は、仕事でなくとも何らかのアクションを起こす時、想像力を働かせるように努めてます。想像力を働かせるには、知識が必要です。また相手がいれば、その人の苦しみや痛みを知る事も必要です。
    そしてそれらは、コミュニケーションにかかせないものだと今では思ってます。

    私達は、コミュニケートしながら生きています。
    自分とダイレクトに繋がっていない事や人でも、きっとそれはどこかで繋がっているんだと思うようになりました。
    We are the one.

  39. hana
    2010 年 1 月 22 日 23:19 | #39

    こんにちは。

    テレビを見たりパソコンをする事も情報が飛び込んでくる受け身の行動。
    本を読む事は自ら知ろうとする能動的な行動ですね。
    前者の受動的行動は、考える力が養われず想像力の欠如に繋がるらしい…
    そして、それが犯罪に繋がるらしい…と、私も以前
    何かで知って 、本読まなくては!と焦った記憶があります。本当に想像力の欠如は恐ろしいですね。
    もう何年も前になるのですが、本屋で何か面白い本ないかな?と思い、ふと手にした本がありました。今ではもう作品名も忘れてしまいました。話がオムニバスになっていて作者の名前も聞いた事ない。でも何だか気になって立ち読み。不思議な話だなぁ~と思って買うか買うまいか悩みましたが購入に至らず。

    ある日、雑誌を読んでいたらあの本をオススメしてる人がいるじゃないですか!!え~!?あの本知ってる人いるの?
    誰、誰!?…オススメしてる人、それが伊勢谷さんだったのです。
    陽の当たらない小さな花を、見つけてかわいいよね!って共感してくれた人がいたみたいで何だか嬉しく思いました。寒い日が続きますが風邪など引かぬよう気をつけて下さいね。

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